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土と音楽  中澤 きみ子 氏
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私の家族はどちらかというと真面目で慎重で固い性格の人ばかりなんです。けれど、主人は、それはもう奇想天外な人でした!結婚して間もないころ、今日は早く帰って二人で過ごせるわって急いで部屋に帰ると、玄関はわーーっと靴であふれていて、人がいっぱいいる。お鍋でなんでも煮込んで、それはそれなりに美味しくなるのですけれど、わいわい食べている。とにかく主人は、誰でもおいでおいでって、自分の家に招いちゃうもんだから、私はびっくりすることばかりでした。

主人はバイオリンの修理を仕事にしています。初めての海外の仕事はロンドンでした。相手はファーストクラスの席を主人に用意してくれました。いいなあ、私もロンドンに行きたい!って思って、友達と二人でくっついていくことにしました。私と友達は旅費は自腹ですから、エコノミーです。

主人はファーストクラス、私と友達はエコノミー、離れ離れに座ってロンドンを目指しました。が、主人は、自分一人だけ快適で美味しい思いをしているのが申し訳なくて気になってしかたなかったんでしょうね、それで、ワインとワイングラスを持って、エコノミー席の私たちのところへ、のこのこやってきたんです。でも、飛行機の中を、ワインをもってうろうろしている人がいたら変でしょ。乗務員に「どうかされましたか?」って尋ねられた主人は、「いやあ、あのね、エコノミー席の二人の美女にね、フォーリンラブしちゃったんだよ」って答えました。

そういうことなら、と、ブリティッシュ・エアウェイズの粋なはからいで、ファーストクラスの席でどうぞご一緒に、ってエコノミー料金の私たちをファーストクラスに座らせてくださったんです。ファーストクラスには、アラビア系の恰幅のいい方など、いかにも!って感じの方が数人おられました。「ねえ、ここでバイオリンを弾いたら?」って主人が言うものだから、私は、お礼の気持ちを込めてツィゴイネルワイゼンを弾きました。そしたら、パイロットさんたちもみんな大喜びしてくださって、拍手喝采!なんとも楽しいロンドンへの旅となりました。こんなふうにね、主人といるといろんなことが起こるのです。

おかげさまで、去年、主人と結婚して 30 周年を迎えました。そしてちょうど昨日が息子の30歳の誕生日でした。息子は、30 歳を機に仕事をやめ、30 歳の自分の誕生日に婚約しました。仕事を辞めて主人の跡を継ぐことは、ずっと小さい頃から息子が心に決めていた彼の思いでした。息子は仕事を辞めた退職金をつぎこんで、主人に時計の贈り物をしました。パテックフィリップの時計、ずいぶん高価なものです、その時計を、主人がずっとほしがっていたのを知っていたんです。

主人が帰る前に、机の上に贈り物をみつけた私は待ちきれずに、「メッセージを先に読んでもいい?」って主人に電話して、手紙を開けてみました。「お父さん、この時計はお父さんへのお礼の気持ちです、お父さんは僕にはまだまだびくともしない、大きな存在です」ってメッセージに書いてありました。ああ、うれしいなあって、本当に幸せな時間でした。

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