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土と音楽  中澤 きみ子 氏
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生徒たちは 2 歳から学びにやってきます。2歳から大学に入る 18 歳までの非常に長いお付き合い、家族ぐるみのお付き合いです。ひとりの音楽家を育てるということは、ものすごいことなんですよね。バイオリンを通じて、生徒たちに与える私の影響は小さくありません。責任重大です。生徒たちは私を先生としてだけでなく、模範の女性としても見ているのですから。うれしいことに、今では孫弟子が私のところにやってくるようになりました。3世代にわたるお付き合いです。

大学卒業後はしばらくドイツに留学しました。その後、東京に暮らし、また音楽を教えるようになりましたが、音楽を教える「環境」についての疑問が、次第に大きくなっていきました。東京というコンクリートの中で音楽を教えることができるのか。たとえば、初夏の風に若葉がそよいでさわさわ鳴る音を、東京の子どもたちは知らないのです。そんな彼らに音楽を教えることができるのだろうか。

実際、子どもたちとこんなやり取りをしたことがあります。「このモーツァルトの曲はすごく喜んでいるのよ、スキップする感じで弾いてみて!」と言っても、スキップを知らない。

スキップしたことがないって言うんですね。モーツァルトは、産まれたときのままの、真っ白な子供っぽさをそのまま持っているような人でしょ。スキップしちゃうくらいのうれしさが分からないなんて、そんな感情を持ったことがないなんて、それじゃモーツァルトの音楽が分からないじゃない!

今はコンクール・ブームです、コンクールに向かって1日に 10 時間以上も練習する。お母さんたちもカリカリして練習させることに必死です。だから、彼らは非常によく練習していて、すごくよく弾ける。技術は十分です。けれど、世界のコンクールで日本人は一人も受賞することができない。彼らが弾いているのは、均等に印刷された音符なんですね。生まれたての、息をしているような、生き生きと動いている音符を弾いていない、弾くことができないんです。このことは、「土」の経験の有無とつながっているような気がしてなりません。また、コンクールに出るとなると、自分以外の誰かがミスすればいいと思うんですよね。そうじゃないんです、音楽は、自分以外の誰かと一緒に奏でるもの、相手に届けるものです。

※ここで、天皇皇后両陛下のご自宅にご招待を受けた際のお話。音楽を通して心を通い合わせられる両陛下と中澤ご夫妻のエピソードからはお人柄があふれ出すようで、会場は幸福な空気でいっぱいになりました。その内容は、会場にいらした方だけの特権ということにして、記録では伏せさせていただきます。

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