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セッション
下り坂をそろそろと下る  平田 オリザ 氏
1.コミュニケーション能力とは何か
2.コンテクストや文化の「違い」と「ズレ」
3.コミュニケーションのデザイン
4.大学入試改革と地域間格差
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コンテクストや文化の「違い」と「ズレ」

先ほどの列車のシナリオでは、コンテクストがわからないことから来る違和感に気付くことができます。コンテクストとは文脈、つまり話し手がどのような「つもり」でその言葉を使ったかということです。

文化が違うと、台詞のコンテクストがまったくわからないことがあります。外国の作家の劇を翻訳するとき、自国の文化にないときは、完全にわからないもの、違うものとして、「壁」の存在を意識できます。一方、「旅行ですか?」のような台詞の場合、簡単な言葉なのにそれを書いた劇作家がどのようなコンテクストで書いたのかを知らないと適切な表現になりませんが、このようなコンテクストの「ズレ」の難しさはなかなか意識できません。

このようなズレは異文化交流にも現れます。たいていの国は隣の国と仲が悪いものですが、これは文化が近すぎるためです。その文化を知らないとわかっていれば問題が起きにくいものですが、同じような文化を一部共有していると、少しのズレをとらえて、野蛮だとか悪意があるように考えてしまいがちです。これが文化の近い国と交流する難しさで、「違う」ということから始めないと大きな問題になります。自分の文化を相手に強要する客観的合理性はないはずですが、このようなストレスが積もり積もると何かのときに噴出してしまいます。そうならないように、日ごろから交流して違いを顕在化させることが大切です。

コンテクスト理解とこれからのリーダーシップ

良いコミュニケーションとは、話し手のコンテクストを受け止め、それを受け止めていることを伝えるようなコミュニケーションです。相手から発せられた言葉や問いにいくら正しく答えても相手が満足しないことがありますが、これはコンテクスト理解が妨げられてコミュニケーション不全が起こるためです。大阪大学は、患者や家族の辛い気持ちを汲み取って会話できる医師を育てたいということで私が関わるようになりました。

自閉症など一部の人には難しいかもしれませんが、一般の人はコンテクスト理解のサイクルを普通に回しています。一方で、コンテクストを理解するコンピュータやロボットの開発に各社しのぎを削っていますが、まだ30年以上かかるといわれています。コンピュータは過去の蓄積からしか答えを出せないからです。子どもに代表される社会的弱者はコンテクストでしか伝えられないことが多いものです。だから、子育てや介護、医療などは、まだまだ人間がやらざるを得ない領域なのです。

リーダーシップ教育が必要と盛んに言われ、リーダーと言えば引っ張る人のように思われがちです。しかし、これから求められるのは、社会的弱者のコンテクストを理解して気持ちを汲み取る能力のあるリーダー、鷲田清一さんは「しんがりのリーダーシップ」と表現されていますが、これからの長い長い後退戦を戦っていくにはこのようなリーダーが必要です。そうでなければ、この国はものすごく冷たい国になってしまうと思います。

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