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コウノトリと羽箒  下坂 玉起 氏
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羽箒に使われている鳥種にはどんなものがあるでしょうか。
データ入力した781本のうち、鳥種が同定できたのは593本です。鶴類が最多で、マナヅル、タンチョウ、ナベヅル、それには昔は鶴とされていたコウノトリも含まれます。
それからノガン、セイラン、イヌワシ、トキ、インドクジャク、白鳥類、シチメンチョウ(唐国鳥)、しまふくろうと言われているワシミミズク、ペリカン、サイチョウ、アオサギ、クロヅル(姉羽鶴)、コンゴウインコ、ハッカン、ワシタカ類、シラサギ類、カモメ、ホロホロチョウ、シマフクロウ、など多種です。

コウノトリの羽の特徴を見てみましょう。
国内絶滅後、豊岡で人工繁殖して放鳥、野生化に成功しています。羽には黒地に「霜降」と称される灰白色の粉吹状に見える部分があります。今日のためにコウノトリの羽枝の135倍の写真を慶応大学の秋山豊子教授の研究室で撮って頂いてきました。これで霜降りの様子が良くわかると思います。

この風切羽の外弁の白くて柔らかそうな小羽枝は、昔は「霜」と呼んでいました。
藤原隆房の歌に「おほとりのはねにふりにし霜の毛をわかもとゆひの物となしつる」とあり、また藤原隆季は「いひわかぬことのわりなきおほとりのはねにも霜の降るやふらずや」と詠んでいます。この「おほとり」はコウノトリと考えられます。

コウノトリは羽箒では、「鴻、鴻鶴、黒鶴、鶴、かうづる」と書かれます。「鸛」と書かれることはめったにありません。しかし「鴻」の漢字の語彙の「ハクチョウ、ヒシクイ」と説明されたり、鶴の羽箒とされることもよくあります。また奈良時代から鎌倉時代までは「おほとり」と言われていたため、「大鳥羽箒」とも混同されます。

茶の湯の羽箒の保存
さて古い羽箒が多数現存していますが、これは茶の湯の伝統のお陰です。道具を大切に使い保管して後世に伝えることを大事に守ってきたからです。桐箱に納め、防虫効果のある白檀を入れ、定期的に虫干しします。この茶人たちにとっては当たり前のことを、私が2014年に国際鳥類会議で発表したところ、世界の鳥学者がその古さと保存状態の良さ、その保存技術に驚きました。羽箒は国際的に評価され、科学研究素材になり得るものなのです。

羽箒の未来はどんなものでしょうか。
残念ながら、鳥だけでなく羽箒も絶滅危惧種です。茶道人口の減少で需要減。集合ビルでは消防法で炭が使えず炭手前ができない。茶の湯を習っていても、炭手前をしたことがないという人が大勢います。
羽の入手も非常に困難で、羽箒師の職業が成り立たなくなっています。現在、伝統的な方法で各流派の羽箒を作っているのは、京都の四代杉本鳳堂さんお一人だけになりました。

羽の入手方法はどうなっているのでしょうか。
保護鳥は換羽した羽であっても法律によって利用できず、また事故死、自然死、駆除鳥の羽は羽箒師には届きません。これを何とかできないかと考えています。鳥に負担が全くない換羽した羽や、斃死鳥の羽を使うようにできないものでしょうか。

未来への私のささやかな試みとして、次のようなことに取り組んでいます。
鳥仲間から入手できる合法的な羽で、鳳堂氏に羽箒作成を依頼するワイズユースを模索中です。また羽箒について広く知らせること―学会での発表、展覧会、執筆、講演など―も必要だと思っています。今日もこうして皆さまにお話できることは大変嬉しい機会です。

今日のお話も終わりに近付いてきました。
羽箒は、羽を加工して使う欧米とは違い「羽そのものの自然美を愛でる」日本人の美意識と、道具を大切に使って伝える茶の湯の精神の象徴です。
傷みやすい羽を数百年も保つ茶の湯の伝統の保存方法は、世界に誇れるものです。羽箒の変遷や歴史がわかったのも古い羽箒が現存し、実物を調査できたからです。古い羽箒は昔の情報の宝庫であり、鳥の標本的価値もある貴重な歴史資料なのです。
年代測定できたのも、分解して結い方を調べられたのも、傷んでいたからこそ修理の時にできたものです。羽箒を持っていたら、傷んでもいても捨てないで下さい。

羽箒と茶の湯の伝統の保管方法を見直して、今ある羽箒を大事に使って伝えて行って下さい。そしてバードウォッチャーには換羽した羽で羽箒を結い、お茶人には羽箒から鳥の生きる姿やその保護にも思いを馳せて戴けたら、大変嬉しく思います。
今日はどうもありがとうございました。

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