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本の未来について  幅 允孝 氏
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幅)もう一つ、例をあげましょう。今度の相手は小学生です。スティーブンソンの『宝島』は海洋冒険談の傑作、僕が子どものころ熱中して読んだ大好きな一冊ですが、これをそのまま今の小学生に差し出しても、彼らはぼけーーっとして鼻をほじっているだけです。誰も『宝島』のことを知らないし興味も持たない。よし分かった、じゃあ、海賊の話として共通のアニメ『ONE PIECE』は知ってる?と彼らに聞くと、両手を挙げてうれしそうに反応する。全員知っている。『ONE PIECE』は大好きなんですよね。

『宝島』と『ONE PIECE』、両方とも史実に基づいているので、登場人物のキャラクターや名前がとても似ています。

『ONE PIECE』の作者である尾田栄一郎さんは、『宝島』に影響を受けていますから。たとえば『ONE PIECE』の黒足のサンジの師匠片足のコック・ゼフは、『宝島』に出てくるジョン・シルバーと似ている。そういう話を彼らにすると、「へーっ、そうなんだあ、あの尾田っちにも好きな本があるんだねー」って感じで、ちょっと目の色が違ってくる。

『宝島』と彼らとの関係をたぐり寄せる、結節点を見つける。そうやって、知らない本を届ける。僕の趣味を彼らに押し付けて、この本いいから読め!と言うのではなくて、彼らの興味やモチベーションに寄り沿って、磁場や人の流れに従い、そうやって、全く届かなかった誰かに、本を届ける。この考え方が僕の仕事のベースにあります。

中田)素晴らしいですねえ。東北大学工学部の学生さん向けの本をセレクトしたときのお話もお聞きしたいと思うのですが、この場合は、どんな風に進められたのでしょうか。

幅)基本は相手に教えてもらうのです。女子高校生のときと同じです。とにかく、インタビューします。

工学部の学生たちは非常に専門的な知識を持っています。素晴らしいことです。熱力学に関するものすごく専門的な本を、生協の本屋で立ち読みしたりしながら熱心に読んでいる。非常に難解な熱力学の本に熱中する19歳の若者が現代の日本にいるんだ!ということに、僕は大いに刺激を受けます。人の好奇心をなめちゃいけないと。

しかし、ともすればその知識は、ある一点だけズドーンと深くて、その小さな穴だけをどんどん掘りすすめていくようなもので、その他の分野には何の小さな穴もなし、ということにもなる。工学部はロボット工学が有名なのですが、学生たちは専門的なことはとても詳しいのに、レイ・ブラッドベリやアイザック・アシモフなどのSF小説は全く知らない。素晴らしい作品はたくさんあるのに。

浦沢直樹さんの『PLUTO』という漫画があります。手塚治虫の『鉄腕アトム』のエピソードを土台にした作品で、人とロボットが共生する社会の中で、人とロボットの境界に苦悩する心理が描かれている、素晴らしい作品です。この本を彼らが全く知らないのは、もったいないじゃないか。彼らは素晴らしい工学的知識と技術を手にしています。それを広く世の中に伝播していくときに、『PLUTO』を読んで得られる「何か」が役にたつのではないか。専門的なメソッドと世の中との断絶を埋めることができるのではないか、そのために少しでも役に立てば...。そんな願いを僕は自分の仕事に託しているんです。

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