セッション
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新しい広場をつくる 平田 オリザ 氏
7. スラム化する日本社会 ②
地方ほど状況は深刻だ マーケットの原理は、都会だけに働いているのではない。むしろ、地方にこそ荒々しく働く。これは残酷なまでに揺るぎのない真実です。みなさんはこのことをしっかり認識したほうがいい。在庫や流通にかかるコストを保持する余力は、地方にはありません。つまり、市場原理のなかで「無駄」とされる要素を許容できなくなってしまった。これが現実です。だから、地方でこそ、その「無駄」をどうやって守るのか、必死で考えなくちゃならない。 なぜ「無駄」を必死で守らなくてはならないのか。「無駄」がなくなってしまうことは、日本国憲法に定められている人が生きていく上での最低限の権利、「健康で文化的な最低限度の生活」を脅かすものだからです。 ほんの少し前までは、ある程度の町にはちょっと変わった古本屋さんがあって(店主はだいたい全共闘崩れの髭のオヤジだったりしたわけだけれど)、「おまえもさあ、そろそろいい年になってきたんだから、ドストエフスキーくらい読めよ」なんて言って、ちょっと立ち寄ったら勝手にオヤジが本を用意していて、手渡されちゃったりして、否応なく読む。けれど、若者たちはそんなオヤジの存在を通して、自分のアンテナだけでは届かなかった「文化」に触れてきたわけです。 古本屋さんだけじゃありません、ジャズ喫茶や写真館や画廊。どこのまちの商店街にも、ちょっと変わった人がいて、妙にアングラな場所があって、そんな場所に出入りすることで、子どもたちは勝手に育っていった。「教育」だなんて考えなくても無意識に子どもたちは文化に触れ、大きくなっていったんです。 個性のあるおもしろい本屋さんは、もう東京でしかありえません。地方の本屋さんはひどいもんです。売れる雑誌、週刊誌しか置いていない。市場原理によって思想統制されて本の並び順もなにもどこも一緒。これじゃぁおもしろいわけがありません。今の経済原理では、地方でおもしろい本屋を個人が経営することは非常にムズカシイでしょう。けれど、やり方はあるはずなんです。そして、この問題についてこそ、行政が力を発揮すべきなのです。地方の行政こそ、文化政策に徹底して取り組むべきなのです。 文化を守るということで、さすがだなと思った最近の事例はフランスです。アマゾンで本を買った場合の送料無料を認めないということを、フランスは法で定めたでしょ。国が文化政策として、地方の小さな本屋を守ることを宣言した。地方の本屋を守ることを国是とした。これによって、世界中を席巻しているアマゾンのビジネスモデルは崩れます。こういうところに、フランスの厚みを感じますよね。 フランスと真逆に、グローバル資本の流れを無制限に許容しているのが今の日本です。そうではなく、地域を世界に向かって開いていくことが、大事なんですけれどね。どちらが本当のグローバル化か、みなさんはお分かりですね。 → 次のページ「8. スラム化する日本社会 ③」
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