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ミシュラン社とちょっとだけフランスの話  森田 哲史 氏
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さて、ちょっと話題をかえまして、ここからは、日本とフランスの文化の違いについてお話ししようかと思います。中田さんから事前にそんなリクエストも受けておりますのでね、少しはそんなお話も。いや、比較文化論みたいに大層なことが言えるとは思いませんが、あしかけ25年ほどフランスに住んでいましたから、その中で私の体験の中から私なりに気がついたことをお話ししたいと思います。

まず一つは、自分を確立すること、他人を認めることについてです。
フランスの小学校の授業に参加したことがあります。そこで生徒たちは、「蟻と蝉(日本でよく知られている「アリとキリギリス」と似た物語)」について考えていました。君は蟻と蝉のどちらの人生を選ぶか。子どもに考えさえ、蟻派と蝉派に分かれて徹底的に議論させます。
授業では、どちらが正しいかではなく、なぜ自分はそう思うのかが重視されていました。日本の教育なら「こちらが正しい」という「答え」が用意されていて、みんなで「右へならえ」するような授業が多いのではないかと思いますが、フランスでは全く違った。まず「自分」というものを確立していくこと、そのために徹底して自分で考えていくことを経験させるのですね。
あなたの人生の演出家はあなただ。あなたが監督で、あなたが主人公なのだ、ということを教える。自分を確立すること、自分の言葉で話すことをとても大切にします。そして、違う意見の人のことも認め、他者と話し合う態度を身につけさせるのです。「自己」を確立したうえで成り立つ社会なんですよね。

二つめは、「幸せ」に対する考え方です。
「幸せ」についてフランス人の老婦人とかわした会話は、今も忘れられません。まだ私が定職に就かずフランスでふらふらしていたときのことです。そのおばあさんの家でなにか一緒に食べていたときでした。話の流れで、私が「人間は誰も幸せになる権利がある」と何気に言ったんですね。そうしたら、「違う、義務だ」と、ばあさんにものすごく真剣な顔できっぱりと言われた。「いいかい、人が幸せになるのは義務なんだ、だから、幸せになるためには努力しなければならない。そのための努力を決して惜しんではならない」と。
フランスでは幸せになることは権利ではなく義務なのです。僕はハッとしました。そういえば、フランス人は一回の食事も一回の週末も、ものすごく大切にします。無駄にすることを嫌います。一回の食事や一回の週末を適当に過ごすことは、自分が幸せになる努力を怠っていることなんです。

この考え方は私たち日本人とかなり異なっていると思います。日本では家族を顧みずに残業しますよね。家族と一緒の食事ができなくてもしかたがないと考える。でも、この生き方・考え方は、フランス人には、自分の人生に不真面目な姿勢に受け止められます。幸せになる義務を放棄している、不誠実であると。

フランス人にとって、L’artde (芸術)とvivire(人生)は分かちがたいものとして一体なのです。日常生活の中にあるちょっとした演出の美しさを本気で大切にします。それが、自分を幸せにすることにつながることを知っているからです。だから、フランス人はテーブルクロスをひとつ買うのにも3日くらい悩む。見ていて滑稽なくらい本当に真剣に悩みます。太陽の光の下ではどのように見えるか、自分が普段使っているカトラリーに合わせてどうか、納得しないと購入しません。僕は最初、そんなフランス人のやり方が「ケチ」だからだと思っていましたが、そうじゃない。徹底して吟味して好きなものを選ぶ「努力」なんですね。暮らしと芸術を自分の好きなもので満たして豊かにしていく努力こそが自身の幸せにつながる。そうして幸せになる義務を果たすのです。

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